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回想記 ~高校一年バレー部~

この話は私の回想記の続きです。
私の幼少時代からの人生を振り返って書き留めた、小さな自叙伝のようなものです。
また、幼少時から見ないと話についていけないかも知れません。

幼少時
中学一年生
中学二年生バレー部
中学二年生
中学三年、部活、恋愛
中学三年、波乱、挫折
高校1年、幸せな前半
厨2病の全面戦争
高校1年~黒歴史始動~
回想記 高校1年~表層と深層が異なった日~




時系列は多少左右するが、高校一年の時のバレーボールの、三年生が引退していよいよ自分達の時代になるかならないか位の頃をふと思い出したので書き綴りたいと思う。

中学校のバレーボールのネットは230cm。これは高いように見えて案外低いです。高校一年当時176cm、垂直跳び50cmしか無く、決して高さがあると言えない自分でも、相手を見ながらスパイクを打つくらいは出来るくらいに余裕がありました。これが高校になると243cmまでネットが高くなる。このたった13cmの差が非常に大きい。
単純に176cmの自分が手を伸ばして220cmちょっと。これに垂直跳び50cm足しても270cmにしかならない。合計で270cm。ネットが243cmあるとすれば差額で27cmもあるように視えるが、27cmの間に直径20cm以上のバレーボールを下に撃ち落として通さなければならず、非常に難しいのだ。真正面に撃ち落とすならギリギリ通るのだが、そこに相手の手が出てくれば、スパイクは打てない。相手のブロックの手を見て、当てないように打つにはさらにもう10センチ以上は高さが必要だったので、もう三年生の引退試合ではまるで役にたたなかった。文字通り人数合わせのレフトとして辛酸を嘗め、そして夏休みを迎える。


夏休みといえば、部活。これは間違い無いだろう。役に立てなかった悔しさをバネにここで必死に練習して、秋の新人戦で戦えるようにする。なので監督も気合を入れてメニューを組んでいた。・・・三年生が引退したおかげで、二年生3人、一年生2人の合計5人しかいないのに。


バレーボールは6人制なので人数が一人足りていない。なのに課せられる練習メニューは、毎日の練習メニューにプラスして、練習後にさらに一周300mのグラウンドを20週だっけ?6kmくらいさせられた記憶がある。
確かに体力は資本である。だが、バスケやサッカーと違って、高校バレーは1試合2試合で動けなくなるなんて事は無い。曲がりなりにもフルパワーで戦える。練習後に鍛えるなら”筋肉”だ。高さが足りなかった俺は脚力などを鍛えるために時間を当てるべきだと猛抗議した。もちろん走ることが嫌いだから、ではない。いや、嫌いな事は間違いない。中学時代は毎日部活のマスク付けてシャトルランのメニューを逃げるためだけに学級委員長まで務めた男だからな。だが、高校にも入ると精神的に大人になったのか、「辛いから逃げる方法を考える」ではなく、「辛さといかにして戦うか」に重点をおいていた。概ね「バレーボールで勝つため」に結びついてしまうのだが、監督のこのグラウンド20週は勝利へ直結してると思えず、数日後にあらゆる恐ろしい先生がたむろする恐怖の教官室に抗議しに行った。
一応体育の先生であったので、ご多分に漏れずまぁ部員に対しては恐ろしい顔を持っていた監督だが、頭ごなしに怒鳴りつける、では無く話を聞くだけは聞いてくれた。入部してまだ二ヶ月かそこらで監督を測りきれていなかった自分はとりあえず話だけでも聞いてくれる監督に僅かな希望を持ちましたが、監督の主張はこう。

「体力が資本。体力を付けられればこれからの練習でさらにハードな練習をこなせるようになるから、早い段階で体力を鍛えた方がいい。」

一見聞くと確かにと納得してしまうかも知れませんが、それくらいの浅い解答くらい予想済みだった私はサクッと反論。

「体力を付けるだけならば筋トレでも大丈夫です。筋トレの内容をソフトにして時間を長く取ればそれが筋トレと体力向上二つの意味を持ち得です。自分は前回の大会で自分のジャンプ力の無さを痛感したのでランニングメニューの時間を筋トレに回して欲しいです。」

しかし監督は理解と納得こそしてくれたものの、何が腑に落ちないのか不明に頑なに

「それは出来ない」

この一点張り。話は聞いてくれるし、理解もしてくれるが、この後も何度かこの監督は私に理解こそ示してもその理解の先の、「変更を認める」というところまで行ってくれない。

「お前の言う事も一理ある。だがそれはお前が家に帰ってから別に筋トレをすればいいだけじゃないか?」

「その理論であれば家で出来るランニングこそ家でやるべきです。設備がある学校でこそキントレを行うべきです。」

「いや、認められない。」

「納得がいきません。聞く耳を持たないというのであれば練習に参加出来ません。」

「そうか。わかった。」

議論の終盤は確かこんな感じだった。「そうか。わかった。」には割りとサクッと到達された記憶がある。この後私は本当に夏休みの練習を一ヶ月丸まる参加しなかった。他の部員から心配のメールをもらったりもしたし、電話も来た。後で聞いた話によると、俺が来なくなってすぐに同期のマネージャーも練習に来なくなったらしい。

その後の高校1年の夏休みといったら、もうまったく生産性もなくひたすらに遊びまわった。遊びまわったっていっても、都会のようにショッピングいったりカラオケいったり映画館いったり、なんてのは一切無い。なんといっても超絶田舎全開なので、カラオケは仙台の10倍くらいの値段取られるわ映画館はつぶれてるわショッピングはジャスコ笑しかないわそもそも所得全国45位の秋田県では金も無いわで、大体彼女と遊ぶか家でゲームしてるかだった。この間も、中学時代から通いつめてるママさんバレーには欠かさず参加した。

戻るきっかけなんて物は不明だった。だが、二学期が始まり、生徒会長による生徒会への勧誘が来る前に、いつの間にか部活に戻っていた。バレーボール自体は基本的に好きだった自分は、たまに部活に遊びにいっては、先生に見つかる前にとっとと帰る、っていうのを何度か繰り返してるうちに、監督に見つかった。監督が何事も言わずにそのまま練習に混ぜて成り行きで部活に戻ったとか、そんな感じだった気がします。



そして、その後少しして秋、9月頃になると、パソコンを買いネットゲーム中毒になります。そして生徒会と部活、さらに彼女と部活の四つでパンク寸前の時期のルーチンはこの後もずっと同じことの繰り返しでした。
朝学校へ行く
授業を全て寝る
生徒会に顔を出す
部活を終える
部活後の後者で彼女と学内セクロス
帰宅後朝三時四時までネットゲーム
これの繰り返し。さらっと書いてますけど、まぁ恐らく知ってる人は知ってるだろうし、隠しません。高校の時毎日のように学校内で彼女とやってました。最初はみんな帰ってから近くのトイレで、そしてスリル求めて三年棟のトイレ、さらには教官室向かいのトイレ、はては公園、公園のトイレ、デパートの屋上、橋の下、どこでもしてました。もはやサルです。
そして最初のうちは12時前には止めることが出来ていたネットゲームも、ネットゲーム内での友人が増えるたびにログアウトの時間は遅くなり、朝までネットゲームを続ける日々。
部屋にパソコンは持っていけず、家族のいる居間でネットゲームをしていた私は、部屋で心行くまでネットゲーム、というわけには行かず、親には12時前には寝てるという設定を保っていたので、親の気配を察したらすぐに寝た振りをしていました。とはいえ、かなり準備をしていて、まず居間の電気をつけていたら、寝室から物音した3秒後にはすぐに部屋の明かりでばれるのでアウト。なので基本的に居間は電気を消してディスプレイの照明だけでパソコン。さらに、一体型のNECのパソコンを当時使っていたのですが、それはディスプレイの電源を消しても本体の明かりが消えない。なのでそこに、夜になると何重にもテープを貼って、光が漏れないようにし、両親のトイレの物音が聞こえ次第すぐにディスプレイの電源を消し、パソコン類は全て真っ暗状態、当の自分も真っ暗な部屋のテーブルの下とかに隠れてやり過ごす。こんな情け無いことしてても一応高校生。親が電気全部消えてても、何度か前科があるので確認しに真っ暗な部屋を覗いたりします。「いるの分かってるぞー、早くねなさい!!!」って叫んでトイレいって寝たりという数打ちゃ当たる敵な行動をしてたこともしてました。もちろん親が自分に気づいてないと信じ続けてひたすら隠れるしか自分には手が無かったのですが。
結局このライフルーチンは高校卒業までは完璧には治すことが出来ませんでした。




繰り返しとはいえ、繰り返しは変化が少ないように感じますが、それぞれもちろん変化を持ってます。例えばネットゲームでネカマをやめたり、例えば部活の練習メニューがオフシーズンでガラッと変わったり。
その練習メニューの変化が、最初の一年目に酷く戸惑いを受けた。

バレーボールは室内球技なんだから、冬で雪が積もってる間も普通に出来る。だから中学時代は毎日ちゃんとボール使って練習をしていた。だがうちの部にいたってはそうもいかなかった。冬の間の三ヶ月くらいは、バレーボールを触れなかったのだ。理由は簡単練習が出来ないから。人数不足で。だからずっとプロテイン飲みながらトレーニングルームでキントレするだけの日々が冬の間ずっと続いた。
じゃあなぜ冬の間まではボールを使えたか。恐らくだが、理由は自分の推察では、自分の同期にあると思う。

当時のバレー部は、自分の先輩に当たる二年生が三人に一年生の自分達が二人。そのうちの自分の同期の方が、割と悪がきでひねくれてて、そのせいで、どっかで扉に手を挟んだかなんかで骨折したと言いながらその後半年以上部活に来なかったのだ。そもそも二年生は割りと基礎的な部分は出来ていて(あくまで割りと)、実質ボールを使った練習はその自分の同期の一年(高校からバレーボールを始めた)を実践で使えるようにするためのようにもみえた。だがアテが外れ、冬になる少し前から部活に一切来なくなり、ボールを触らせる理由が無くなったため、冬を言い訳に完全なキントレだけのメニューにシフトしたのではないか、と自分は当時推測していた。真実は分からないが。
この冬の間のキントレも中々辛かった。バレーボールは本当に好きなのに、ボールを触らせてすらもらえないという。しかもトレーニングも中々きつくて、まぁこんなきついトレーニングで筋肉量が変化してる時期に中途半端にボール触ろうものなら、それこそ微細なコントロールが必要なバレーボールのトスやレシーブに影響を与えかねないので、キントレは比較的オフシーズンな冬にまとめてやっていたのかも知れない。今思うと、むしろそれが本当の理由であれば、夏休みにキントレを組まなかったのも理由が分かるような気がする。キントレで私の一存で脚力だけを鍛えるというのは明らかに贔屓なので、もしやるならば私贔屓にならないように全体的にキントレをしなければならない。その間はボールコントロールを狂わせないためにボールを触らせない、では秋の新人戦で戦えない、ということになる。今思えば監督はそれを懸念していたのかも知れない。・・・ならそう口で言ってくれればいいのに。まだまだ頭が回らない当時の浅はかな自分を今見つめなおすととても恥ずかしい。

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プロフィール

ゆうじ

Author:ゆうじ
社会人1年目〜4年目:インフラエンジニア
社会人5年目〜   :セキュリティエンジニア

ほぼネットワーク屋でした。


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運転免許
漢字検定準2級
パスコンスピード検定1級
ITパスポート
基本情報技術者試験
応用情報技術者試験
Comptia A+
CCENT
CCNA
CCNP
MCPC2級
VCP-DCV 5.5
LPIC Level1
LPIC Level2
LPIC Level3core
LPIC Level3mixed environment

パズドラランク950↑

サドンアタック
中佐:シコ星
W/L 46% K/D54%
少佐:尿イエロー
W/L 50% K/D 56%
少尉:ケツアゴに挿入
W/L 100% K/D77%


メイプルストーリー(笑)
柳)195メカニック
柳)180台DS
柳)178DS
現在持ってるキャラはこの3つ

柳)140台?投
キャラ名:ちnこ
売り済み、現在行方不明





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